言葉の重さに量は関係ない

 

最近、それをはっきり感じる出来事があった。

 

たった一行。

それだけなのに、なぜか心の中が満たされた。

 

「I read all your messages.」

 

それを読んでから、しばらくの間、

気持ちがふわふわしている。

ああ、ちゃんと届いていたんだな、と。

 

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正直に言うと、ずるい。

俺が長い文章を書いても、

相手の短い一言のほうが、

ずっと深く刺さることがある。

 

でも、それでいいと思っている。

役割が違うだけだ。

 

俺はたくさん言葉を差し出す。

相手は静かに受け取り、少しだけ返す。

それで、不思議と循環が生まれる。

 

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以前、相手はこんなことを書いていた。

 

「i use to give than to receive which for me is very okay.」

受け取るより、与えるほうがいい。

それが自分にとって自然だ、という意味だ。

 

たぶん相手は、

自分はもらってばかりで、

何も返せていないと思っているのかもしれない。

短いメッセージを、ときどき送るくらいで、

それだけだ、と。

 

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でも、それは誤解だ。

量は関係ない。

 

短い言葉でも、何度も読み返す。

覚えている。

 

俺にとっては、どれも大事なものだから。

思い出すたびに、

静かに幸せな気持ちになる。

 

第三者として今の彼女を眺めたとしても、

きっとこう言いたくなる。

「第三者として見たら、君はそんなに悪くないよ」と。

 

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だから安心していい。

人は、ちゃんと与えている。

しかも、相手が一番欲しい形で。

 

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この文章は、日本語では10分ほどで書いた。

考え込んでひねり出したわけじゃない。

ただ、自然に出てきただけだ。

 

軽く書いたつもりが、

気づいたら少し長くなっていた。

 

まあ、こういう日もある。