海の向こうが近い町で
俺の家の近くに、小さな町がある。
地方のよくあるローカルタウンで、古い店と新しい店がごちゃ混ぜになったような場所だ。
その町には、中華レストランがやたら多い。
名前だけ違って、メニューはどこもほぼ同じ。そういう店が何軒も並んでいる。
いろんな店を試してみたけど、今のところ一番気に入っている店が一つある。
俺はそこで店内では食べずに、いつもテイクアウトにして家でゆっくり食べる。
お気に入りは、ミーフン(ビーフン)を使った焼きそば。
たぶん豚の油を使っているんだと思うけど、それが他の店との決定的な違いになっていて、とにかくうまい
同じようなメニューでも、「あ、この店はちゃんと味を作ってるな」って分かる。
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その店には、フィリピン人の女性スタッフが4人働いている。
そのうちの1人が、昔縁のあった“ある人の母親”に、本当にそっくりで、最初に見たときは思わず固まった。
雰囲気だけじゃなくて、年齢もだいたい同じくらい。
もう1年以上はそこで働いていると思うけど、
その人の顔を見るたびに、勝手に懐かしさがこみ上げてくる。
さすがに写真を撮るわけにはいかない。
だから俺の中だけでそっと、「今日もあの人いるな」と思っている。
その人がカウンターに立っていると、少しだけうれしくなる。
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コタキナバルのあるボルネオ島は、フィリピンのスールー諸島にかなり近い。
地図で見るとよく分かるけれど、“遠い外国”というより、“海を挟んだ向こう岸”くらいの距離感だ。
そのせいもあって、昔からスールー周辺からサバ州にフィリピン人がたくさん流入してきて、今もいろんな仕事をしている。
レストラン、建設現場、マーケット、清掃、ベビーシッター…。少し注意して見ると、「この人たぶんフィリピンから来てるな」という人をあちこちで見かける。
宗教もさまざまだ。
ムスリムのフィリピン人もいれば、キリスト教徒のフィリピン人もいる。
さっきの中華レストランの女性はスカーフを被っていないし、豚肉を普通に扱う店で働いている。
マレーシアの感覚だと、豚を扱う仕事はムスリムは基本的に避けるので、「たぶんキリスト教系なんだろうな」と俺は勝手に想像している
(もちろん本人に聞いたわけじゃないから、本当のところは分からない)。
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サバ州とスールー諸島のあたりは、歴史的にも政治的にも、領土をめぐっていろいろややこしい背景がある。
ニュースになるような衝突もあったし、ローカル同士の雑談の中でも、ときどきその話題が出てくる。
ちゃんとビザを取って働きに来ている人もいれば、書類なしで入ってくる人もいる。
中には犯罪に手を染める者もいて、「スールーから来る連中はトラブルが多い」と、かなり強い嫌悪感を持っているマレーシア人も少なくない(特に男性に対して)。
一方で、家族を養うために、毎日真面目に働いている人たちもたくさんいる。
同じ「フィリピン人」というひとくくりで語られがちだけれど、当然ながら中身はひとりひとり違う。
俺自身は、この問題をどこまで理解できているかと言えば、正直まだ表面だけだと思う。
ただ、ローカルが話してくれることやニュース、実際に目の前で働いている人たちの姿を見ながら、
「この土地には、この土地なりの複雑さがあるんだな」
と感じるようになった。
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ざっくりと言えば、
- スールー諸島あたりから入ってくる“イスラム系フィリピン人”には、警戒しているローカルが多い
- ルソン島などから来る“キリスト教系フィリピン人”には、そこまで強い悪感情は向けられていない
そんな空気感がある。
もちろん、これは統計でも正解でもなく、あくまで「ここで暮らしている俺」が感じている雰囲気にすぎない。
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ここからが、俺がマレーシアに来ておもしろいと感じているところだ。
マレーシアに住むようになって、本当にいろんな人に会った。
日本でずっと暮らしていたら、一生出会わなかったタイプの人たちと、実際に同じ空間で関わることになった。
キリスト教徒、イスラム教徒、インド人、フィリピン人、インドネシア人。
田舎の村に住んでいて、文字もろくに読めないおじいちゃん、おばあちゃん。
その中で、「この人には完全に負けたな…」と心から思わされる人が、何人かいる。
以前ブログにも書いた、“掃除の仕事をしているおばさん”もそのひとりだ。
その中から特に印象に残っている二人のことを、次回に書いてみたい。
俺が「負けた」と感じた理由も含めて...
