母親の記憶は、一生残る

 

子供の頃の「いい思い出」って、一生残る。

 

俺も母親とのことは色々覚えている。

父親とのことは、正直ほとんど覚えていないけど。

 

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息子が最初に愛する人は母親だ。

息子にとって母親は、一生かけて大事にする存在になる。

 

イタリア人の男が「Mamma mia!」なんて言って、結婚しても妻より母親を優先する、みたいな話を聞くことがある。

気持ちは分かる。でも、俺はああいうのは少し気持ち悪いとも思う。

 

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彼女が、息子が具合悪くなった時に

「神様、どうか私に移してください」

って祈った話をしてくれたことがある。

 

クリスマスは子供のために、何か特別なことをしてあげたい、とも言っていた。

 

そういう話を聞くたびに思う。

彼女は、ちゃんといい母親だ。

 

たぶん息子は、本人が思っている以上に誇らしい気持ちでいる。

「うちのママは優しいんだ」

そう言いたくなる日が、何度もあるはずだ。

 

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大人になると刺激が減って、時間が過ぎるのが早くなる。

子供は何でも新鮮に感じるから、時間が長く感じる。

 

だからこそ、子供の頃の記録は深く残る。

なるべくいい思い出を残してあげたいと思うのは、自然なことだ。

 

でも、特別なことじゃなくていい。

高いお金をかけた旅行や、高級レストランや、おもちゃの山じゃなくていい。

むしろ大事なのは、普通のことだ。

 

手料理を作る。

話を聞く。

子供のイベントに参加する。

一緒に行って、一緒に笑う。

 

人は、人生の「大きな出来事」より、

ふとした些細なことを覚えている。

 

そして、その些細な記憶が、一生の支えになることがある。

 

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俺にも、そういう記憶がある。

 

昔、彼女と過ごした日々は短かった。

でも、何度も何度も思い出している。

 

横顔。仕草。声の雰囲気。

そんな何気ない断片を思い出すだけで、胸の奥が熱くなることがある。

 

一緒に馬に乗ったとか、ボートに乗ったとか、そういう思い出もある。

もちろんいい思い出だ。

 

でも不思議と、心が強く揺れるのは、もっと小さな記憶のほうだったりする。

 

人間って不思議だな、と思う。

 

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結局、俺が彼女に言いたいのはこれだ。

 

息子に対して、そんなに「完璧な特別」を用意しなくていい。

毎日、当たり前のように与え続ける普通の愛が、いちばん強い。

 

彼女はたぶん、それを無意識にできる人だ。

だから自信を持っていい。

 

思春期になって大変な時期も来る。

俺の息子たちも、いずれそうなる。

 

でも、その時期さえ抜ければ、また母親のところへ戻ってくる。

それから先は、一生だ。

息子は、母親を大事にする。

 

彼女の深い愛情は、彼女の魅力だ。

俺が出会った人の中でも、特別にすごい人だと思う。

 

そして――

彼女に出会えたことを、俺は幸せだと思っている。