俺が負けを認めた人たち
ボルネオとスールー諸島、フィリピン人労働者の空気感について書いた。
今日は、その続き。
マレーシアに来てから出会った人の中で、
「この人には完全に負けたな…」と感じた2人を紹介したい。
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1人目は、多くのマレーシア人からあまり好かれていない「スールー系」の男性だ。
正確には、彼の親の世代がフィリピン・スールー方面からサバ州に移ってきていて、
本人はマレーシア生まれ。国籍もマレーシア。
年齢は俺と同い年。
マレーシア人女性と結婚して、子どもが5人いる。
背が高くて、かなりのハンサム。
決して豊かな暮らしではないけれど、家族のために本当に一生懸命働いている。
イスラム教徒なので、ラマダン明けやお祝いごとのパーティには、いつも俺を呼んでくれる。
裕福なわけでもないのに、ケチるどころか、しっかりご馳走を用意してみんなに振る舞う。
何より、気遣いと話のうまさがすごい。
俺が浮かないように、場に取り残されないように、
ずっと気を配って話しかけてくれる。
俺のマレー語はまだまだ不完全だけど、
彼はスピードを落として、分かりやすい単語を選んで、最後まで根気よく付き合ってくれる。
同い年なのに、
「ああ、この人には完敗だな…」
と素直に思う。
彼は「スールー系」というだけで、偏見の目で見られることもある。
マレーシア人の中には、「スールー」というラベルだけで距離を置く人も多い。
でも、実際に人として向き合ってみると、
俺が今まで出会ってきた多くのマレーシア人よりも、はるかに人間として優れていると感じる。
ラベルや出自ではなく、
目の前の「ひとりの人間」として見たとき、
俺はこの男に勝てるところがあまりない。
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もう1人は、インドネシア系のおじさんだ。
この人も、親の世代がインドネシアからサバ州に移住していて、本人はマレーシア生まれ。
年齢はすでに70歳を超えている。
奥さんはマレーシア人のイスラム教徒。
この夫婦とは、2002年ごろからの付き合いになる。
おじさんは、俺にとって「もう一人の父親」のような存在で、
冗談半分、本気半分で「dady」と呼んでいる。
奥さんのほうは、母や姉のようなポジションだ。
この2人のことは、いつか別の記事でゆっくり書きたいくらい、語ることが多い。
ここでは、おじさんの人柄がよく伝わるエピソードをひとつだけ。
マレーシアに来てから、イスラム教徒のコミュニティの中にも、けっこう深く関わるようになった。
その中には、心のどこかで
「できればムスリムと結婚してほしい」
と思っていた人たちも、きっと何人もいたと思う。
イスラム圏の人にとって、宗教は、日本人が想像する以上に大きな軸だ。
家族、結婚、日常の習慣、葬儀。
生活のほとんどに関わってくる。
そんな中で、俺はキリスト教徒の女性と結婚した。
その結果どうなったかというと――
それまで仲良くしていた人たちの一部から、少しずつ距離を取られた。
あからさまに何かを言われるわけではない。
ただ、会う回数が減り、メッセージの数が減り、
気づいたら「昔より遠い位置」に置かれている、という感じだ。
それ自体を責めるつもりはない。
それぞれの信仰の重さや、家族の事情もある。
でも、その中で、このインドネシア系のおじさん夫婦は少し違った。
俺が誰と結婚しようが、
どんな宗教の相手を選ぼうが、
「お前はお前だ」
という前提を崩さず、昔と同じ距離感で接し続けてくれた。
近所に住んでいるわけじゃないから、しょっちゅう会えるわけではない。
それでも年に数回は、俺のほうから会いに行く。
玄関まで行くと、夫婦そろって両手を広げて迎えてくれる。
年齢を重ねても、あの瞬間は毎回少し泣きそうになる。
宗教がどうであれ、結婚相手が誰であれ、
「イスラムかどうか」ではなく、「この人間がどうか」で見てくれる2人。
この夫婦の前では、今でも頭が上がらない。
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正直に言うと、マレーシア人の男性には、がっかりさせられることも多い。
もちろん、いいやつはたくさんいる。
一緒に冗談を言い合える友達もいる。
でも、
「心から尊敬できるか?」
と聞かれると、首を縦に振れる相手はほとんどいない。
その一方で――
・スールー系の男
・インドネシア系のおじさん
こういう「周縁」にいる人たちの中に、
俺が「完敗だ」と感じる人間がいる。
ラベルではなく、
行動と在り方で黙らせてくる人たち。
マレーシアで暮らしていて、
こういう人たちと縁を持てたのは、単純にうれしい。
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フィリピン人の中で、
「一番尊敬している人を一人挙げろ」と言われたら――
迷わず、昔世話になった“ある女性の母親”の顔が浮かぶ。
若かった頃の俺を、
何の保証もなく家に受け入れてくれた人だ。
あのときは、ちゃんとお礼も言えていなかった。
もしまた会える機会があるなら、
一番に伝えたいのは、きっとこの言葉だ。
「あの時、俺のことを温かく受け入れてくれて、本当にありがとう。」
マレーシアに来てから出会った人たちも、
フィリピンで出会った人たちも、
俺にとっては「海外」や「異文化」という枠を越えて、
ただの「人として負けたくない相手」になっている。
その負けを抱えながら、
俺も俺なりに、少しずつ高みに登っていきたいと思っている。
