プロフィール写真とオランウータンの親指

 

ふと思い立って、Googleのプロフィール写真を変えた。

 

若い頃に、山の町で馬に乗ったときの写真。

もう10年以上前のものだ。

 

今の自分からすると、かなり「盛った」1枚だと思う。

今はすっかりおじさんだから、

あの写真を見て俺をイメージされると、思いっきり嘘になる。

 

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それでも、昔の写真をトップに置いておきたくなるのは、

見た目を偽りたいからというより、

あの頃の感覚をそっと残しておきたいからかもしれない。

 

どうせ、そんなに多くの人に見られているわけでもない。

それなら、少しくらい思い出に寄せたっていいだろう、と思っている。

 

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前のプロフィール写真は、オランウータンだった。

あの写真には、ちょっとした「仕掛け」がある。

親指を立てているのだ。

 

まるでこっちに向かって、こう話しかけているみたいに。

「お前、日本人か?

よくマレーシアまで来たな。

思いっきり楽しんでけよ」

そんなふうに聞こえてきそうな表情で、

じっとカメラを見ている。

 

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あの写真を撮ったのは、2001年8月19日。

場所はマレーシアの動物園。

当時の俺にとっては、2回目の海外旅行だった。

一回目は同じ年の3月。

半年ちょっとのあいだに、二度もマレーシアに来ていたことになる。

 

日本に帰国したのは、2001年9月14日。

その3日前、2001年9月11日に、

アメリカ同時多発テロ事件が起きた。

世界がざわついていたあのとき、

俺はマレーシアにいて、

「もしかしたら日本に帰れないかもしれない」と本気で思っていた。

 

結局なんとか戻ることができたけれど、

あのオランウータンの写真を見ると、いつも当時の空気を思い出す。

 

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プロフィールに何気なく置かれた一枚の写真の裏には、

こうしてけっこうな情報量が詰まっている。

 

若かった頃の自分。

初めて触れた海外の空気。

世界が大きく揺れた出来事。

その端っこで、「大丈夫か?」と親指を立てているオランウータン。

 

ただの1枚に見えても、

そこにはその瞬間の時間と匂いと、不安と高揚が、

ぜんぶ圧縮されている。

 

プロフィール写真を変えるたびに、

自分の人生のどの断片を「今の自分の顔」として置いておきたいのか、

無意識のうちに選んでいるのかもしれない。

 

今のところは、

若い頃の自分と、親指を立てたオランウータンのどちらも、

まだ捨てずに取っておこうと思っている。