土曜日の朝と、早起きの矛盾

 

今日は土曜日。学校がないから、子どもたちを早起きさせなくていい日だ。

平日と違って、家の中もどこかゆるんでいる。

一週間分の「お父さん」「お母さん」の仕事、おつかれさま、と世の中の親たちに小さく頭を下げたくなる。

 

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昨日は蕁麻疹が出たので、久しぶりに薬を飲んで眠った。

おかげで朝の5時までぐっすり。この薬は眠気を誘うから。

目が覚めた瞬間、「やばい、寝すぎた」と飛び起きて、軽い筋トレとストレッチをする。

 

朝の静かな時間に体を動かすのが、好きだ。

俺にとっては、ちょっとした瞑想みたいなもの。

子どもたちが起きてきた途端、

呼びかけ、ケンカ、質問、要求……

いろんな音で思考が細かく切り刻まれていく。

だから、その前のわずかな時間だけでも、自分のペースで呼吸しておきたい。

 

本当はもっと寝ていたい。

でも、あえて早く起きる。

我ながら、矛盾した生き方をしていると思う。

 

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筋トレをしない朝は、一日がちゃんと始まっていないような気がする。

たった数十分サボっただけで、その日一日じゅう、どこか落ち着かない。

「まあいいか」と思えばいいのに、それがなかなかできない性格だ。

 

子どものころは、そんなこと何も考えていなかった。

夜更かしして、昼ごろまで寝ていた時期もある。

あのころは、きっと何の不安もなく生きていたのだと思う。

 

いつからだろう。

予定、責任、将来、不安。

いろんなものが積み重なって、

「ただ寝て、起きて、遊んで終わる一日」では済まなくなった。

大人になるって、

単純さを手放していくことでもあるのかもしれない。

 

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今日は特別な予定はない。

いつも通り、家で仕事をするだけだ。

 

さっき窓の外を見たら、空がオレンジ色に染まっていた。

夜と朝の境目みたいな、あの短い時間帯が好きだ。

特別なことは何もなくても、

いい一日になりそうだな、と静かに思えた。

 

そんなふうに思える朝が、ときどきでもあるなら、

大人になるのも、そう悪くないのかもしれない。